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今日はここ盛岡で初積雪。

朝起きてカーテンを開けたら
その向こうは一面の銀世界でした。

いよいよ冬到来ですなー。

最近色々と気がかりな事があって
なかなか落ち着いてブログを書けなかったので
ちょいとひさびさ更新になってしまいました^^;


とはいえ

モンスターズのお二人のダンスを録画して
何度も眺めたり(笑)

そうそう
今夜は
クーナドラマの後は
綾野剛さん密着ドキュメンタリー
『裸にしたい男たち』だし☆

うふ、楽しみ^◇^


んでもって

今週末、金曜日は
一夜限りのサイケデリックペイン復活ステージに
参加してまいります♪


いえい!



日本武道館で行われるAAAというイベントなのですが

綾野さんの夏の舞台でお友達になった方が
ご親切に誘って下さったので

そりゃあもう
速攻お返事^◇^/


ラッキーなことに、ちょうどバイトも休みで
こりゃもう神様の思し召しだなと(笑)


さらに!

今月公開になった映画
『その夜の侍』
『ワーキングホリデー』
どっちも盛岡で上映されなくて
ブーたれていたので

こりゃこりゃ両方とも
観てきちゃおっと♪


日本橋にオープンした新しい毛糸さんも
のぞいてこよう♪


うほ^◇^


楽しみです。



今年も残すところあと1ヶ月ですから
最後まで、やりきるゾー!




ナニを?^^;


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DSC04818_convert_20121101113112.jpg

夕焼け色の館。
緋色の館。

綺麗だけどちょっと不気味。
あの窓から何者かがこっちを見下ろしていたらコワイ(笑)


さてさて
相変わらずお気に入りのドラマ
ゴーイングマイホーム。

毎週録画して、2,3回は観ています。

先週は
1週間ぶりに会ったお母さんが
晩ゴハンすら一緒に食べず仕事にとんぼ帰りすると聞き
「だと思った」と
平然とクールに答える子役ちゃんが
一瞬だけみせた
心の闇に視線を向けた表情、が

目に焼きついて忘れられなくなりました。

仕事と家庭の両立を懸命にこなそうとしているお母さん
お母さんのがんばりを子供ゴコロに認めている娘ちゃん

頑張り屋の母と娘の
二人の頑張りの歪み。

地味な作品だけど観る側の心の有り様によって
どんどん深くなるドラマだと思います。

で、今週は

阿部ちゃんのお父さん・・・
もえちゃんのおじいちゃんがクーナノートに書き綴っていた
言葉。

『後悔とは愛である』

に目からウロコ。


劇中で山口智子さんはリアリストな女性に描かれているけれど
どちらかと言えば、ワタシも山口派。

人間は死んだら電気がぱっと消えるのと同じだと思う。
死んじゃったら終わり。

死者の魂の存在は、
死者を悼む残された者の心の拠り所であり
あくまでも生きてる人間が織り成す物語だと思っている。

死んだら終わり。

でもそう思っているからこそ
後悔の無い人生を送るためにワタシは毎日もがいてるようなもの。

自分の命の灯火が消える瞬間に
後悔なんかあったら、それこそ
死にたくなるくらい敗北感でいっぱいになっちゃう。


でも
でもね

そんなに後悔を毛嫌いするのは
自分がいつも後悔と背中合わせだからだと思う。

認めたくないけど(笑)

その証拠に

ウジウジした重松清さんの小説とか
女々しさいっぱいのマッキーの曲とか

後悔だらけの作品が
ワタシはたまらなく好きなのだ。

「自分はこんなに必死でやってるんだから後悔なんかあるわけない」

そんなちっぽけなプラカードを掲げながら自分の弱さを必死で隠し
人生を歩みつつ

一方で後悔を肯定しているような作品に癒される。

誰も憎んでないけど自分を責め続ける
そんな、やさしい後悔に癒される。

こっそりと、誰にも気づかれないように
後悔を愛してるのだ(笑)



だから
『後悔とは愛である』という
もえちゃんのおじいちゃんの言葉は

そんな自分の心の裏側を
ひらりとめくられたような感覚があったのだ。

でも、後悔と愛がイコールだなんて
さすが是枝さんの脚本。

以前、重松さんの小説で

『人が憂うと書いたら優しいになる』という一文を読んだときと
同じくらい心が震えました。

後悔とか憂うとか
人の弱い部分の感情に

ワタシは色気を感じるのかもしれないなあ。


自分の中にある弱さと自然と向き合えて
強がらずに生きていけるようになったら

ワタシも
少しは色気のある女性になれるのかしら^^;

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DSC04858_convert_20121101114449.jpg

植物は、ただ芽吹いてただ生い茂り
湧き出した水は、ただそこに流れているだけ。

あるがままに生きようとしている美しさに
敵うものはないと

大自然に触れるたびに思います。


『美しい』という言葉を、いつも簡単に使っていたけど

心を揺さぶられるもの
心に何かをもたらしてくれるもの

それらはぜんぶ
『美しい』んだなあ、と最近は思う。

もちろん、誰が見ても美しいと感じる
『造作が整っている綺麗さ』
そういう美の定義は存在するけれど

ひとそれぞれに感じる
『美しさ』という存在もあるのだと、
今さらながら思う。




さて
話はぜんぜん違いますが
最近思うこと。





小さな距離での小さな気づき。

そばにいないと絶対気づかないような、
そばにいる人の些細な弱さに
そっと気づいて

ささやかな手をさしのべてくれる。


ワタシが自分の愛するひとに求めることは
そのただそのひとつ。


頼もしさや力強さや
出世力とか経済力とか
その他もろもろ
世間一般の男性らしさにゃまったく興味がなくて


時々、人に
「そよちゃんは、だめんずが好きなのかい?」と聞かれますが
いやいや、だめんずは嫌いです。

自分の人生を自分できちんと生きられないような男は
蹴っ飛ばして逃げます(笑)


でもどうやらワタシは男性らしさというより
もはや女性らしさ・・・母性愛に飢えているみたいで(笑)


なるほどね

だから
そういう母性的な愛情で女性を包んでくれそうな男性が
大好きなのか。


それでもね

どんなに近くにいても、気づけないこともあるでしょう。
近すぎて気づけないこと。
遠く離れてみて初めて気づけること。

いろいろあるでしょう。


だけど
小さな心の動きに反応できる距離
大切な人と、小さなやりとりの積み重ねができる
小さな小さな世界の存在は

ワタシにとって
人生の森を突き進むための
大きな羅針盤になるのだ。


だから
遠距離恋愛は(したことないけど:笑)
ワタシには、きっとムリ。

お互いの小さな弱さに、きっとお互い気づけない。
メールや電話での「大丈夫?」には
「大丈夫」と答え、そしてその答えはほんの少しの弱さを消し去り
本当の大丈夫になってしまう。

ワタシにとって大丈夫になってしまう相手は、
愛し合わなくても大丈夫になっちゃう。

自分勝手な理屈だけど。

だから、何を捨ててでも、好きなひとのそばにいたい、と
思うのかも。



なんてことを最近つらつら思う。


じゃあ、ワタシはどんなカタチの愛で
相手を包んであげられるんだろう?

求めるばっかりじゃいけませんものね。


う~ん



いつも元気に機嫌良く接すること。


そんなんじゃダメか^^;(笑)




とりとめのないハナシですね。
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