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メールってほんとうに便利♪

ちなみにワタシは
手紙とメールの両方の文化を知ってる世代(笑)

初めて自分の携帯を持ってメールをしたのは
社会人になってからですもの^^;

学生までは、友達と連絡をとる手段は家の電話か公衆電話か
手紙しかないのが
当たり前でしたなぁ。

でも、携帯の存在前と後の
両方の時代を知っている
ってのが、なんかちょっと得してる気分が
するのはワタシだけかしら?

新旧のツールを知ってる分
コミュニケーションの選択肢がありますし


不便=ちょっとしたことがドラマチック☆
ということを知っている(笑)


恋文をしたためることでしか
離れている恋人に
愛を伝えられなかった平安時代なんか

そりゃあもう
心が恋の炎で焼け焦がれてしまっていたに違いない。

く、狂おしいっ//▽//


そ、そこまで古くはありませんが
ワタシの時代は

告白ひとつするのも
まず、好きな人の親という
第一関門があって

無事、電話をつないでもらい本人と話せたとしても

親と一つ屋根の下で出来る会話の
不自由なこと不自由なこと(笑)

あ・・ウチは狭い家に住んでいたので
特に・・・ですが^^;

隣に母親がいる手前
恥ずかしくてそっけなく話したのがもとで
当時のカレと自然消滅してしまった

高1の冬・・・(笑)

あのとき、携帯という、ひみつ道具があったら

人生変わっていたのだろうか?

とかね。

でも、電話をかけるときや受けるときの
あのどきどき感は
やっぱり忘れられないドラマチックな思い出です☆

あと文通も楽しかったな~♪

小学生のとき転校しちゃった仲良しのカオリちゃんと
しばらく続けた手紙のやりとり。

カワイイ便箋セットとか買うのも楽しかったし
お返事を待つ時間も本当にワクワクして待ってた。
面と向かっては話せないようなクサイことも
ナゼか手紙だといっぱい書けた。


手紙とメールは、コミュニケーションツールとしては
わりと似てるかな?

ワタシは、実は電話がニガテ。
かけるタイミングも、切るタイミングもわからない。
ビジネスライクだったら出来るけど
プライベートで自分から電話するってほとんどないのだ。

でも、手紙やメールは、相手の都合を考えずに
しかも邪魔することなく自分の気持ちを伝えられるから
安心して送れて好き。


あーそっか☆

だから勝手に発信出来て、ダレにも強制することなく自分の気持ちを発表できる
ブログという形態も好きなのかと・・(笑)



手紙とメールの大きな違いは
速さかしら?

あとは手軽さ?
メールはたった一言でもOKだし。


それとワタシ自身に限って言えば

メールがあるから繋がっていられる関係があるってことかな。
メールがなかったらきっと音信不通かも?という関係。

手紙を書くほど親密じゃなくて
逆にワタシから急に手紙が届いたら
ちょっとひかれちゃうかも・・という
友人でも、メールなら気軽に
「元気~?」ぐらい送れる。

『年賀状以上、電話未満』的な人間関係が作れるのだ。

あとは仕事上でも、休みの人にちょっと確認したいことも
メールなら聞きやすいし、シフト変更のお願いとかも
しやすいし、受けやすいし断りやすい(笑)

夫との日常のやりとりとか妹とのくだらない会話とかも

近いひととも遠いひととも
おんなじように、気軽にコミュニケーションがとれるって

メールならではの利点ですなあ☆


メールと手紙
どちらも気持ちが込められたやりとりなのは同じ。

手紙は、手間がかかってる分
もらったときは、うれしさがちょっぴり倍増かな^◇^


でも、両方の文化を知ってて思うことは

メールでも手紙でも
顔が見えないやりとりは
難しいかもしれない。

でもたとえ文章だけでも
やっぱりその人の人となりや
クセみたいなものがにじみでていて

それは、
声が聞こえる電話でも
顔がみえる対面の会話でも

おなじだな~って感じます。



もっと新しい
ネットを介したコミュニケーションも
いったん出会った場を離れ
一対一で向き合うようになったら
おなじなんじゃないかな~
って、これは想像(笑)



どんだけ便利な世の中になっても

人と人とをつなぐのは

ほんのちょっとの思いやりだよ

ね。






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